内定をもらった
ついに内定ゲットしました。
内定のメールをもらったときの心境は嬉しい、というよりもホッとしたって感じ。
大手で出してたNECとかJTも落ちたんで、この会社でいいかなーと思ってます。
高学歴のくせにシューカツがなかなかうまくいかなかった側の意見は今後まとめていこうと思う。
↓とりあえず当日の流れ↓
9時:起床
→ 緊張感はない。けど、今日落ちたら死んだ方が良いと思ってた
12時:新幹線に乗って大阪に向かう
→ いつもと違ってさすがに緊張して本が読めなかった。テキトーに車窓から景色観ていたらいつの間にか大阪に。
15時:新大阪着
→ シューカツ生多すぎ。(スタバ、マック、ドトール)
16時:面接開始
→ 社長と役員の2名。社長は柔和な笑顔を浮かべていたが、役員の方は素肌に白シャツで宇野維正的なああいうオーラを出していた。
可も不可もない問答をしたけど、途中で趣味の話になって、「映画好きなんだ。何観るの?」と言われたときに「任侠ものにハマってます。社会に出るのに備えてます。」と言ったら結構笑いがとれた。
17過ぎ:面接終了
→ 交通費を(多めに)もらって帰路につく。
18時:内定のメール頂戴
→ 面接の終盤では会社の宣伝みたいなことを言われたから、これは流石に落ちてないだろうとは思っていたものの、心底ホッとした。
という流れ。
いやまぁ、短期決戦とは言え、長かったなシューカツ。
Film:ローガン
ーーーーー ネタバレありっす ーーーーー
例えばフークアの『ザ・シューター』だったり、コレッド・セラの『ラン・オールナイト』だったり、「無敵キャラの逃走劇」ってのはグッと活劇に寄せる、一種の完成されたフォーマットである。本作も御多分に漏れずそういう話なのだが、実際、かなり良くできていると思う。面白い。活劇として。
基本的に、本作はローガンの人間ドラマであり、「リアリティ」に重きを置いた話であってこれは活劇からは遠ざかりそうなのだが、どうしてもそうしなければならない状況を作り出すことによってうまくそこを回避している。例えば、田舎に住む家族の家に厄介にある場面。あれは、いきなり彼らの車が脱線し、逃げた動物(馬!)の確保を手伝う→家に泊めてもらう、という流れがパトリック・スチュワートの全く危機感のない意思によって決まってしまう。そしてもちろん、ほとんどの場面は敵から逃げるために、心理とは関係のない仕方のない状況から行動が決まる。
また、少女とヒュー・ジャックマンの視線の交錯も触れておくべきだろう。二人の最初の出会いは、視線の交錯であり、崖の上の家でも二人は視線を合わせる。車の中で少女の膝にもたれて寝てしまうシーン。二人は言葉ではほとんど通じ合っていないが、視線や行動が二人の絆を築いているように演出されている。終盤、彼はボロボロの体にムチを打って助けに行くわけだが、その理由はたぶん、脚本や台詞を読んでるだけじゃわからないだろう。
照明もなかなか素晴らしい。特に夜のシーンのあの黒さ。ダフネ・キーンがヒュー・ジャックマンと口論し家を出て、暗がりを歩く。スッと立ち止まり、家に視線をやるところで家の漏れた灯りが彼女の顔をキレイに照らしている。
野暮なことを言えば、ラストでダフネ・キーンの大切にしていたボールやウォークマン(音楽)など、何か道具を使って映画的な演出がされたら尚良かったような気はするが、欲は言うまい。
Film : 『メッセージ』
[http://:title]
最近、この手の映画が多い。
「この手」とはなんなのかというと、「わたし」の物語である。
「ムーンライト」はゲイの少年が青年になるまでの物語だったし、去年の『サウルの息子』だってまったくそういう映画だったし、『ラ・ラ・ランド』だってライアン・ゴズリングとエマ・ストーン以外を覚えている人なんていないだろう。
で、別に「わたし」の物語であること自体には何の問題もないんだけど(そもそも物語には主人公が必要だからだ)、ただ、撮り方、演出が気になるのである。
主人公を接写して、被写体深度は浅く、主人公が動けばステディカムで追いかける。画面を見つめればその顔を大写しにする。重低音を効かせてトラックアップ。
あまりにも貧しすぎんか。それが映画なのか。
俺は映画ではないと思う。
Film : 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
//
圧倒的な芝居の映画だ。
例えばルーカス・ヘッジズが墓地に行く途中で木の枝を拾い、柵に当てながら歩く。このシーン一つをとっても、わざわざ「枝を拾わせる」という演出がされていることで映画に「驚き」と「彼の子供らしさ」を印象付けている。
こういう何気ないアクションとアイデアの積み重ねが映画なのである。
まぁそんなことは置いといても、とにかくケイシー・アフレックの芝居が素晴らしい。
この人はデヴィッド・ロウリーの『セインツ』でもそうだったが、非常に映画映えするのだ。声も動きも佇まいも。そして全く心理的でない。
本作ではルーカス・ヘッジズをひたすら「待つ」ケイシー・アフレック。この「待つ」時間をしっかり撮っているのは偉いんじゃないでしょうか。
何気ない演出が絶えずあって役者が生き生きとしている。間違いなくハッピーな映画だと思う。
※ 重いストーリーとは裏腹にユーモアに溢れている。葬式のシーンをスローモーションで厳かなBGMをかけるのでどうしたものかと思ったが、しっかりギャグのような演出で締めていたので「この監督は信用できる…!」と思ってしまった。リズム音痴のドラマーも良い。
※ あと、「気まずさ」の映画でもある。ルーカル・ヘッジズの彼女の母親とケイシーが世間話をするシーン。ルーカスが母親の家を訪ねる食事シーン。しかし、一番気まずくなりそうなルーカスとケイシーの間に「気まずさ」は最初からない。車内においても。
就活はゴミ
就活はゴミ
「やりたいこと」ってなんやねん。会社入って「やりたいこと」やらせてくれるんかい。
「就活の軸」ってなんだよ。
ひとつの業界だけ受けて受かるかよ。
「10年後のキャリアプラン」ってなんやねん。10年後なんてどうなってるかわかんねーよバカ。
「あなたの趣味と弊社はあまり関係がないですが?」趣味と仕事が短絡的に結びつくわけねーだろ。キョウヨウのキの字も知らないバカ。
これらの質問は全部、「御社」からの、「高みの」「自分勝手な」質問。
結局、シューカツなんてのは人事もどこを見ればいいのかわからないから、こういう見せかけの”熱意”を見ることになる。
「会社に入ってやりたいこと」「就活の軸」なんかは学生の能力に反映されるとは全く思わない。
学生時代頑張ったことで「学業」の話をしても全く興味を持たれず、よくわからんボランティアをしてるやつの方が気に入られるなんてアホすぎる。
文系就職という意味でのシューカツは恐ろしいほどバカなシステムだ。
理系院生の就活体験記-その①-
当方、理系院生です。就活中です。
って、あれ、3月解禁でもう5月半ばだから、内定出てるんじゃないのかと思われるはずなんだけど、出ていません。
ヤバい。就活を甘く見ていた。
理系院生なら推薦使えよって思うかもしれないですが、「推薦ある企業に魅力を感じない」「別に自由にやっても大手受かるっしょ」とこれまで思っていたので使いませんでした。(バカだよね)
もう少し詳しくプロフィールを説明すると、地方の非工学系・旧帝理系の院生です。
とりあえずこれまでの流れ。
2月・・・就活に向き合い始める(まずこれが遅かった)。ぽちぽちインターンに参加。(意識が低いので1dayのやつ。SE系)
3月・・・とりあえず解禁したので、学内合説やら個別説明会に参加。ESも書き始める。志望業種もあまり定まらず。
4月・・・ESを書く。ぼちぼち面接が始まる。筆記で落ちない。2社の一次面接を受けて両方通る。これはイケると調子に乗る。
5月・・・3、4月に書いたESほとんどが通らない、もしくはサイレントという状況で焦る。3次まで進んでいた2社両方落ちる。←今ここ
という状況。
持ち駒も確実にあるのが1社で、あとリクルーターがついてるのが2社という危機的なところ。
その3社のどこか受かれば万々歳だけど、そんなにうまくいかないよなぁ。
就活のコツではなく反面教師的な残念なアレとして今後も更新していきたい。